
「資本政策」は、経営者や経営に携わっている方にとっては聞きなじみのあるワードかもしれません。
しかし、抽象的な概念であるがゆえに、その意味や役割、目的などを正しく理解していない方も多いでしょう。
本記事では資本政策の目的や立案の流れについて、気を付けるべきポイントや失敗事例などを交えて詳しく解説していきます。
この機会に、資本政策への理解を深めましょう。
資本政策とは?
まずは、資本政策の定義や目的から解説していきます。
資本政策に重要な3つの要素についても、あわせて確認しておきましょう。
資本政策の定義と目的
資本政策とは、主に将来の事業資金を調達するための計画立案や、株主および利害関係者の利益調整を図る活動を包括した概念を指します。
事業資金の調達は十分な計画を立案したうえで、自社の株式を交付するなどの方法を採用するのが一般的です。
もちろん、銀行や公庫から借り入れをして資金を調達することもできますが、資本金と借入金では性質が異なります。
資本金は返済義務が無い(配当等、株主に還元する必要はある)ため、経営に安定性が生まれる一方で、借入金は毎月の返済や利息が発生してしまいます。
また、資本政策では株主などの利害関係者に対して相応の利益還元を図り、良好な関係を築くことも重要です。
これにより、企業の成長を長期的に支えてもらえる環境を整えることができます。
資本政策の重要な3つの要素
資本政策で重要な要素は、以下の3つです。
- 資金調達
- 持株比率
- キャピタルゲイン
いずれの要素も資本政策と密接に関係しているため、十分な理解が必要です。
1つずつ解説していきます。
資金調達
前述の通り、資金調達とは銀行などからの借り入れではなく、投資家などに株式を発行することで資金を募ることです。
ただし、株式を一度分散させると回収する際に手間がかかり、さらなる資金を要するリスクがあります。
そのため、資金調達の計画は慎重に立てることが重要です。
持株比率
持株比率とは自社の発行済株式総数に対して、ある株主が保有している株式の割合のことです。
資本政策において、経営の安定性や意思決定がスムーズになるかを左右する要素です。
持株比率が高ければ高いほど、会社の意思決定機関にて大きな効力や決定権を持つため、重要な意思決定にも関与しやすくなります。
そのため、経営陣が一定の持株比率を確保しておくことは、安定した経営のために欠かせません。
むやみに株式を発行して経営陣の持株比率が下がってしまうと、取り返しがつかなくなる可能性もあります。
株式発行による資金調達を行う際は、どの程度の持株比率を維持すべきか、誰にどれだけの株式を持たせるのかを慎重に検討しましょう。
キャピタルゲイン
キャピタルゲインとは、保有する資産を購入時よりも高い金額で売却した際に得ることができる利益のことです。
特に創業時のメンバーは会社の成長とともに株価が上昇すれば、キャピタルゲインの恩恵を大きく受けられます。
そのため、上場(IPO)やM&A(企業売却)を視野に入れた資本政策を計画することで、創業者や株主にとっての利益を大きくできるでしょう。
ただし、株式を手放すと経営上の影響力を手放すことに繋がるため、慎重かつ適切なタイミングを検討する必要があります。
資本政策は上場後をイメージすることがポイント

資本政策における資金調達や株主構成は、目指している将来の会社像をイメージすることが重要です。
会社が上場する大きな目的として、事業を拡大するための資金調達が挙げられますが、上場をすることで不特定多数の者から投資を受けることができます。
どのくらい資金を調達したいのか、持株比率のバランスはどの程度にするべきかなどは、あらかじめ検討しておかなければなりません。
最適な資本政策を策定するためにも、ここからは上場後の時価総額や持株比率をイメージする重要性について解説するので、確認しておきましょう。
時価総額とは
一般的に時価総額とは、上場企業に対して用いられる概念であり、その会社の市場価値を示します。
具体的には、会社の発行済株式総数に株価を乗じて算定されます。
たとえば、発行済株式総数が10万株の会社で株価が1,000円だった場合、時価総額は1億円です。
時価総額は大きければ大きいほど会社の規模や業績が良いことを示し、会社間の比較にも活用できるため、投資家にとっては極めて重要な指標となります。
また、投資家だけでなく社会的な信用度にも影響します。
資本政策と時価総額の関係性
前述のとおり、時価総額は会社の市場価値を示す指標であり、資本政策を考えるうえで重要な要素です。
将来的な成長の可能性を見極める基準としても活用されます。
経営者や株主にとって適正な株価を把握することが、資金調達やキャピタルゲインの獲得に役立つでしょう。
会社の将来性を見込んだ株価は、当期純利益にPER(株価収益率)を掛けることで算定されます。
資本政策では上場前後にどのくらいの資金を調達する必要があるのか、株式発行による持株比率の変化、それに伴うキャピタルゲインへの影響などを総合的にイメージすることが大切です。
資本政策において知っておくべきこと
上場をイメージするためには、会社法関連の法律の知識やルールを押さえておく必要があります。
また、上場には厳しい審査があるため、審査基準をあらかじめクリアしなくてはなりません。
以下では、持株比率に関する法律や上場審査の基準について解説していきます。
議決権の割合を把握する
議決権の割合は、会社の意思決定機関や経営権の確保において重要な意味を持ちます。
以下では、株主総会における2つの決議について紹介していきます。
普通決議
普通決議とは、発行済株式総数の過半数を保有する株主が出席し、議決権の過半数(50%以上)の賛成で可決される決議方法です。
普通決議では主に決算の承認や、役員の選任・解任などの経営に関する事項が議案となります。
つまり、議決権の過半数を持つ株主は経営権を実質的に掌握できるため、株式発行や株主構成の変化によっては支配権が揺らぐ可能性もあります。
そのため、資本政策を立案する際は、誰がどれだけの議決権を持つのかを事前にシミュレーションし、経営権を維持できる体制を整えておきましょう。
特別決議
特別決議とは、議決権の過半数を持つ株主が出席し、出席した株主の議決権の2/3以上による賛成を必要とする決議方法です。
特別決議では普通決議よりも重要度の高い議案について決議するのが特徴で、定款の変更事項や会社の解散や清算など、会社経営に直結する議案が対象です。
特別決議は2/3以上の賛成が必要であるため、反対に1/3超の株式を保有していると拒否権を持つことになります。
特別決議の要件を意識し、どの株主がどの程度の議決権を持つべきかを調整することが必要です。
上場審査の基準を満たす
会社を上場させるためには厳しい基準を満たさなければいけません。
さらに、不特定多数の者に対して株式を公開して売買するためには、社会的な信用性や将来の成長性が求められます。
以下では、審査基準について解説していきます。
形式要件
形式要件の例としては、主に以下の項目が挙げられます。
- 株主数
- 流通株式
- 事業継続年数
- 利益の額
- 虚偽記載または不適正意見
- 監査法人による審査など
上記の要件をしっかりと確認しておきましょう。
実質審査基準
形式基準をクリアすると、続いて会社の内容についての審査を受けます。
形式要件はあくまでも客観的な金額や数値、事実に基づいて審査されるのに対して、実質審査基準は会社の継続性や健全性、内部の管理体制等について着目されます。
そのため、書面上の審査だけでなく実地調査が行われるケースが多いです。
上場審査を通過するためには形式基準だけでなく、実質的な企業体制の整備が不可欠です。
資本政策の実行に適したタイミング
資本政策には適切なタイミングがあり、タイミングによっては上場後の資金調達が思うように進まなくなったり、想定外のコストがかかったりすることもあります。
ただし、必ずしも決まったタイミングが存在するわけではないので、それぞれの会社によって検討することが必要です。
以下では、資本政策を実行する一般的なタイミングについて解説していきます。
株価が上昇する前
一般的に上場を目指す企業は利益が継続して出ることが多く、決算のたびに株価が上昇する傾向があります。
特に、固定資産の売却などの営業外収益が多く見込まれる場合は、一時的に株価が急上昇することもあるため注意が必要です。
持株比率を調整するために株式を回収しようとしても、株価が必要以上に上昇してしまうと想定外のコストや労力を費やすことになってしまいます。
直前々期以前
上場審査では、直近2年分の財務諸表や有価証券報告書の開示が求められます。
本来は不要だった手続きや事務的負担が発生することもあるので、可能であれば株式の移動などの資本政策は、直前々期以前に済ませておいた方が良いでしょう。
資本政策を立案する流れ

資本政策の立案には、大きく分けて3つの段階があります。
大まかに上場までのイメージや関連法律を整理したうえで、社内での持株比率や経営権の安定を検討し、最終的に自社の株式を公募にかけるという流れです。
以下では、一般的な資本政策の立案の流れについて段階ごとに解説していきます。
前提条件を立案する
資本政策を立案するためには、まず事業計画と利益計画の策定が必要です。
具体的にはどのような事業を展開して、どの程度の規模を目指すのかを明確にし、それに応じた事業資金の必要額を算出します。
また、上場を目指す場合は、どの市場に上場するのかを事前に検討することも重要です。
市場によって上場の審査基準や求められる財務要件が異なるため、上場を計画するタイミングや資本調達の方針にも影響を与えます。
これらの前提条件を明確にしておくことで、資本政策の方向性が決まり、具体的な資金調達や株主構成の計画をスムーズに進めることができます。
内部の資本政策を立案する
前提条件がある程度固まったら、次にオーナーや経営陣の持株比率を決定させます。
前述のとおり、持株比率は会社の経営権の安定や議決権の確保を考えるうえで、極めて重要な要素です。
また、同時にオーナーの株の承継計画も検討する必要があります。
外部の資本政策を立案する
内部の準備が整ったら、最後にオーナーや経営陣以外に関する資本政策の立案を検討し、最終的に自社の株式を公募にかけます。
以下では、外部の資本政策についての方法を5つ解説していきます。
ストックオプション
ストックオプションとは主に従業員に対して付与される権利のひとつで、あらかじめ定めておいた価格で自社の株式を購入できる権利を指します。
たとえば、1株100円の時点でストックオプションを付与され、1年後に1株200円になった場合は、その差額が付与された者にとっての利益です。
これにより、従業員の業績向上への意欲を高め、会社の成長と株価上昇を促進する効果が期待できます。
第三者割当増資
第三者割当増資とは、特定の第三者(投資家や企業、金融機関等)に対して、新たに株式を発行して増資を行うことです。
自社が信用できる相手に対して株式を発行することができるため、公募にかけるよりも安全な点がメリットとして挙げられます。
従業員持株会
従業員持株会とは、従業員に対して自社株式の購入をサポートする機関です。
持株会に加入している従業員の給与や賞与からの天引きにより、株式の購入費用を捻出する制度です。
株主割当増資
株主割当増資とは、既存株主のみを対象として株式を発行することで増資を行うことです。
一般的には時価よりも低い価格で取引されることが多く、持株数に応じて新株が発行されます。
種類株式の発行
種類株式とは、普通株式とは異なる特定の権利内容が付与された株式を指します。
たとえば、配当を優先的に受けられる権利が付与されていれば、投資家にとっては魅力的でしょう。
一方で議決権を制限した株式を発行すれば、経営陣の意思決定を維持させることが可能です。
付与できる権利の内容は配当や決議権など9つあり、株式に対して特典や制限を付けられます。
資本政策でよくある失敗事例と特徴
資本政策における失敗の大きな原因は、後先考えずに親族や取引先等へ自社株を移動させてしまうことです。
一度株式が分散してしまうと、持株比率を調整するための回収を図っても、思うように進まないケースがあります。
特に株価が年々上昇していくような会社では、回収に膨大な費用がかかるため、資本政策は正しい知識を持って慎重に実行することが望ましいです。
以下では、資本政策において失敗する主なパターンについて解説していきます。
事業計画の予測精度が低い
失敗の要因の一つは、事業計画の予測精度の低さです。
たとえば、発行可能株式数を少なく設定しすぎた場合、事業の成長に伴う追加の資金調達が難しくなる可能性があります。
また、事業計画の見通しが甘く、想定していた利益が確保できなければ、当初の資本政策が破綻して資金繰りが厳しくなるケースもあります。
特に上場を目指す企業にとっては、各事業年度の純利益を着実に積み上げ、上場時の株価を予定通りの水準に設定することが重要です。
予定通りの株価に設定できなければ想定していた資金調達が困難になり、事業の成長戦略に影響を与えることになります。
事業計画の精度を高め、資金調達戦略を明確にしておくことが大切です。
経営陣の分裂
経営陣やオーナー同士の話し合いが十分に行われていなければ、内部で分裂が起こることもあります。
特に持株比率のバランスが悪ければ、一部の株主が強い影響力を持ちすぎたり、意思決定がまとまらなくなったりする可能性があります。
最終的に経営陣の利益にも直結するため、資本政策を立案する際には経営権を安定させるための調整が必要です。
長期的な成長を実現するためにも、双方が納得のいくよう検討しましょう。
創業期の出資
創業期において、エンジェル投資家(個人投資家)から資金を調達することは、事業の成長を加速させる有効な手段です。
しかし、目先の資金確保を優先して必要以上の株式を渡してしまうと、株価が上昇したときに思わぬ費用が発生する可能性があります。
一度株価が上昇してしまった株式を買い戻すには、多くの費用と労力がかかるケースも珍しくありません。
回収できない場合には、創業期の株主に経営権を握られてしまう恐れもあるため、慎重に検討しましょう。
関連法律等の知識不足
資本政策を適切に立案するためには会社法や税法、民法などの関連法律を正しく理解することが不可欠です。
上場の審査基準を例に考えても、法律を理解できていなければ基準をクリアするのは難しいでしょう。
そのため、専門家のアドバイスやサポートを受けながら進めることが望ましいといえます。
ストックオプションの認識不足
ストックオプションは従業員や役員にとっては魅力的な制度であり、自身の利益にも繋がるチャンスです。
しかし、ストックオプションの認識が不足していると、制度の設計ミスによって企業に不利益をもたらす可能性があります。
たとえば、上場後に株価が急騰したタイミングで、多くの従業員がストックオプションを行使し、株式を売却して退職するケースも少なくありません。
これにより優秀な人材の流出や、大量売却による株価の乱高下が発生するリスクがあります。
そのため、ストックオプションの付与や権利行使の条件を慎重に設計することが重要です。
まとめ|会社に合った最適な資本政策の策定が重要
資本政策を正しく実施するためには、十分に計画を立てることがポイントです。
単に他社の資本政策を模倣するのではなく、自社の成長戦略や経営方針に合った最適な計画を立案する必要があります。
そのため、税理士などの専門家のサポートを受けながら、進めることを推奨します。
資本政策は株主や利害関係者の視点から立案することはもちろん、経営陣やオーナーの視点に立つことも忘れてはなりません。
オーナー自身の相続や納税資金、また家族への財産承継を踏まえての策定が重要です。
監修者
- 松川 洋平Matsukawa Yohei
- 執行役員 コンサルティング事業本部 第一事業部 部長
1983年兵庫県生まれ。早稲田大学 商学部 卒業。
辻・本郷税理士法人にて、相続・事業承継の税務業務に従事、デロイト・トーマツ税理士法人にて、事業承継のコンサルティング業務に従事する。
2018年に株式会社青山財産ネットワークスに入社し、上場・非上場問わずオーナー経営者に対して、財産の承継・運用・管理の総合コンサルティングを提供している。
- 専門分野
- 企業オーナー向けコンサルティング
- 資格
- 税理士
- 著書
- 事業承継 親の心子知らず 子の心親知らず~19の失敗事例から導く「思い」「理解」「感謝」のない対策の行方~
