中小企業M&Aに潜むトラブルとは?表明保証・仲介手数料・個人保証の注意点

2025.10.07
企業オーナー M&A

親族内にも社内にも後継候補者が見つからない場合に、第三者への事業承継で会社を残せる可能性を拓くのがM&Aです。その意味で、M&Aは後継者不在の中小企業にとって、救世主ともなりうるものであり、実際、近年はM&Aによる事業承継の件数は増加しています。

M&Aによる事業承継が増える一方で、M&Aトラブルの相談も急増しています。表明保証違反、仲介会社との報酬トラブル、個人保証の解除トラブルなど、中小企業経営者が直面しうる代表的なM&Aリスクと対策を紹介します。

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M&Aの普及にともないトラブル事例も増加

近年、中小企業の事業承継方法として存在感を増しているのがM&Aです。2021年に中小企業庁により「M&A支援機関登録制度」が制定され、また、インターネット上で利用できるマッチングプラットフォームサービスが登場・普及したことなどから、それまではM&Aとは無縁だと考えていた中小企業でも、積極的にM&Aに取り組む会社が増えています。

後継者不在の中小企業にとって、M&Aは経営を承継し会社を継続させてくれる救世主となることもあります。また、経営者個人にとっては、M&Aによって譲渡益を得られれば、リタイア後の生活資金の助けにもなります。

その反面、M&A仲介をめぐるトラブルも増加しています。トラブルには、売り手企業の知識不足につけ込まれて、不利な契約を結ばされてしまうものや、最初から会社の資産を得ることだけを目的にして経営を破綻させる買い手による詐欺的なM&Aなど、様々なパターンがあります。以下では、特に深刻な事例を3つ採り上げます。

トラブル1 M&A後に前社長の個人保証が解除される契約だったのに、解除されない

M&A譲渡のメリットの1つに挙げられるのが、会社の債務に対する社長の個人保証(連帯保証)を解除できるという点です。しかし、悪質な買い手が、この個人保証の解除をしないという例が、実際に報告されています。

1-1.設例

これまでの人生の時間のほとんどを会社経営に注いできたK氏は、60歳を迎えて残りの人生は趣味の領域で楽しみたいと考え、自社をM&A譲渡して経営から退くことを決意します。M&A仲介会社を通じて買い手を探し、交渉を進めました。

その際、気になっていたのは、会社が銀行から受けている1億円ほどの融資残債に対して、K社長が個人保証をしていることでした。

その点をM&A仲介会社の担当者に尋ねたところ、株式譲渡契約には、成約後に、すみやかに個人保証を外す条項があるので心配ないとの回答です。そして契約書にも、買主の義務として「クロージング日から1か月以内に、売主の金融機関からの借入につき経営者保証(個人保証)の解除の手続きをする」と確かに記載されていたので、安心しました。

K社のM&A譲渡は無事に制約し、K社長は手取りで2億円ほどの対価を得ることができました。しかし、その後1か月経っても、個人保証契約が解除されたという連絡がありません。K氏が買い手に連絡をしたところ「忘れていたので、すぐに手続きする」という返答でした。しかし、その後も解除の連絡はありません。K氏は何度も電話で督促をしましたが、そのうちに、買い手の電話がつながらなくなり連絡が取れなくなってしまいました。会社に出向いて、後継社長とも会いましたが、後継社長は株主(買い手)から選任された、いわゆる雇われ社長であり、M&A契約については知らないといいます。さらに驚くことには、現在、会社の業績が悪化しており、現預金が足りないので、金融機関への返済が難しくなりそうだというのです。M&A前のK社は堅実な黒字経営で、借入額の3倍以上の現預金があったはずなのに、わずか数か月でそんな状況に陥るとは信じられませんでした。M&A仲介会社に連絡してもすでにクロージングしているので、うちでは関与できないという返事で、金融機関に相談しても、対応できないといわれます。

いまのところ、金融機関から債務弁済を求める連絡はありません。しかし、この先のことを思うと不安だらけで、K氏は「こんなことならM&Aなどしなければよかった」と後悔しています。

1-2.対策ポイント

最近、M&Aに絡んだ詐欺事件がよく報道されるようになりました。その内容は、売り手の会社が保有している現預金などの資産を、買い手が会社から引き抜いて、経営をボロボロにして、倒産させてしまうというものです。詐欺的な買い手は、最初から売り手会社が持つ現預金を引き抜くことが狙いで、経営をする意図はないのです。

他方で、以前は会社が銀行から融資を受ける際に、経営者が個人保証をするのが当然とされていました(現在はだいぶ状況が変わっています)。そのため、以前受けた融資について、個人保証が残っている経営者も多いでしょう。

この売り手経営者の個人保証は、M&Aで会社を譲渡する場合には、クロージング後、速やかに解除するという契約内容となることが通例です。売り手としては、実際に個人保証が解除されたことを確認してから契約を締結したいところですが、銀行は株主が変わる前では、契約解除に応じてくれません。そのため「クロージング後速やかに」という内容となるのです。

ほとんどの場合、それで問題は生じませんが、悪質な買い手が意図的にこの契約条項を無視して、債務保証解除の手続きをしない場合、どうすればよいでしょうか。契約違反だとして損害賠償請求を求めることができそうですが、実際に会社から金融機関への返済が滞り、売り手の資産が差し押さえられるなどして売り手に経済的な損害が発生していない段階では、買い手に損害賠償請求を求めることは難しいでしょう。契約違反に対する慰謝料であれば請求できるかもしれませんが、個人保証の金額に見合う額とはなりません。

さらに、仮に裁判を通じて慰謝料や損害賠償請求が認められたとしても、そもそも、最初から詐欺的な意図を持つ買い手であれば、その金額を支払ってくれる可能性は低いとも考えられます。

このような悪質な買い手とのM&Aを防ぐために必要な対策としては、まず、実績があり信頼できるM&A仲介会社を利用することが挙げられます。また、買い手の調査をM&A仲介会社まかせにするのではなく、売り手自身が信用調査機関や弁護士などを活用して買い手の信用調査やデュー・デリジェンスをすることも、検討したほうがいいでしょう。

さらに、個人保証の解除については、M&A契約のクロージング(契約調印)の場に、金融機関に同席してもらい、M&A契約のクロージングと同時にその場で個人保証解除の手続きをとってもらうという方法も考えられます。

トラブル2 テール条項により、契約終了したM&A仲介会社から無駄な仲介手数料を請求される

M&A仲介会社との仲介契約には「テール条項」と呼ばれる条項が含まれることが一般的です。これは、あるM&A仲介会社から紹介された買い手がいる場合、その買い手との契約が成立せずにM&A仲介会社との契約が終了した後、一定期間(テール期間といいます)内に、その買い手とのM&A契約が成立した場合、最初に紹介したM&A仲介会社が報酬を請求できるという契約です。このようなテール条項が存在する理由は次の通りです。

一般的に、M&A仲介の報酬は、契約が成立した場合にのみ報酬が発生する成功報酬型となっています。すると中には、成功報酬の支払いを避けるために、M&A仲介会社から紹介を受けてから、そのM&A仲介会社との契約を解除し、その後に買い手と直接M&A契約を結ぼうとする売り手も出てきます。そのような意図的な動機ではなくても、いったんはその買い手ではダメだと思ったけれど、少し時間が経って考えが変わってやっぱり譲渡したくなったということもあります。そのようなケースにおける報酬不払いを防ぐために設けられているのが、テール条項というわけです。

このテール条項を巡るトラブルが、M&Aでは頻発しています。

2-1.設例

M&A譲渡を検討したL社長は、M&A仲介会社のS社と仲介契約を結び、買い手探索を依頼しました。Q社の担当者は、買い手として検討がすることが考えられる企業の1次リストである「ロングリスト」をL社長に提示しましたが、そこには300社を超える企業が匿名で記載されていました。そこから、L社長が自社の事業内容との関連性などを検討し、ショートリスト、ノンネーム・シートと数社まで絞り込んでいき、秘密保持契約を結んだ後、実際の企業名を明かしてもらい(ネームクリア)、買い付けの意向を表明してくれた数社の企業と面談をしました。しかし、残念ながら最終的なマッチングには至りませんでした。その過程で、S社の担当者にミスが複数回あったことから、L社長は不信感を抱き、S社との契約を仲介契約は解除しました。

譲渡はできなかったものの、その時のM&A交渉の経験により、もう少し社内の業務プロセスや組織運営を整備してからM&Aに望んだほうがいいと感じたL社長は、それから3年ほどかけて経営改革を進め、財務内容の改善も図りました。そして再びM&Aを具体化しようと、前回とは別のM&A仲介会社であるT社に仲介を依頼しました。

そして無事にX社を買い手とするM&A譲渡契約が成立し、L社長は多額の譲渡対価を得ることができました。X社は前回のQ社での仲介では、名前が挙がっていません。

ところが、それからしばらくして、Q社から「L社とX社とのM&Aは、テール条項に抵触しているので、報酬を請求する」旨の連絡がありました。L社長はテール条項の存在自体は理解していましたが、Q社との契約を解除してから4年も経っているのに、今さら請求をされることに驚きました。それに、X社の名前をQ社から紹介された記憶もありません。その反論に対して、Q社は「匿名のロングリストにX社が含まれていた」というのです。L社長がQ社との仲介契約書を確認したところ、確かに匿名のロングリストに掲載している企業も、テール条項の対象とする旨が記載されていました。またテール期間は契約解除後5年間という記述もあります。

L社長は泣く泣く、高額な報酬をQ社に支払いました。

2-2.対策ポイント

M&Aに関連したトラブルでもっとも多いのは、テール条項を巡るトラブルだといわれていました。悪質なM&A仲介会社が、以下のような内容のテール条項を設定して、不当に手数料を請求しようとする事例が多かったためです。

  • 何百社もの匿名のロングリストを提示して、テール条項の対象とする。
  • リスト掲載のグループ会社まで含めるなど、非常に広い範囲の対象を設定する。
  • 契約解除後5年間といった、長期間のテール期間を設定する。
  • テール条項について、その範囲や期間について売り手に十分な説明をしない。

トラブル事例の多発を受けて、2024年に改訂された中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」では、テール条項について、その存在意義自体は認めつつ、運用に関しては以下の指針が示されています。

  • ロングリスト(候補リスト)に記載されているだけの企業やノンネーム提案は、テール条項の対象外とすること。
  • テール期間は2~3年を目安とすること。
  • 契約締結前にテール条項に関する重要事項を明確に説明する義務があること。

とはいえ、ガイドラインはあくまで指針であり、違反をしても法的な罰則はありません。悪質なM&A仲介会社が、売り手の知識不足につけこんで不利な契約を締結しようとする恐れはあります。

売り手としてM&Aを検討する際には「中小M&Aガイドライン(第3版)」の内容をよく理解しておくとともに、M&A仲介契約等の契約内容について、弁護士などを交えて問題がないかを確認することが大切です。

トラブル3 M&A後に表明保証違反で損害賠償を請求される

テール条項はM&A仲介会社との契約においてトラブルが多い点ですが、買い手との株式譲渡契約においてトラブルが多いのが「表明保証」関連の項目です。「表明保証」とは、契約の一方の当事者が相手方の当事者に対して、ある時点における特定の事項が真実かつ正確であることを表明して、その内容を保証するものです。M&Aにおいて、買い手は通常、デュー・デリジェンス(買収監査)を実施して相手企業の経営内容を精査します。しかし、すべての潜在リスクをデュー・デリジェンスで確認することは不可能です。

そのため、売り手から「こういうリスクは存在しないことを保証します」と表明してもらい、もしそれに反する事実が後から判明した場合は、金銭補償などを求めることができるというのが、表明保証の内容です。

3-1.設例

M社長は、経営していたM社を1年ほど前にU社にM&A譲渡しました。そのU社から内容証明郵便が届き、株式譲渡契約における表明保証条項に違反があり、ついては契約に従って5,000万円の金銭補償を求めるという内容でした。

M社長には、表明保証に嘘やごまかしを書いたつもりはありません。すぐU社に連絡を取ったところ、以下のような事情であることがわかりました。

M&Aから2年ほど前に、U社を退職していたX氏という社員がいました。退職理由はメンタルの不調によるものということで、M社長は特に引き留めることもなく、辞表を受け取りました。

そのX氏が、半年ほど前に自ら命を絶ってしまったのです。遺族がU氏の日記などを確認したところ、M社勤務時代に上司のY氏から激しいパワハラを受けていた様子が書かれていました。それがうつ病発症と今回の悲劇を招く要因であったとして、遺族がM社に対する1億円の損害賠償請求を求めて提訴したのです。

株式譲渡契約の表明保証には、労働関係の誠実性を担保するという条項があり、今回の事件はその条項に抵触するというのが、U社の主張です。

M社長は話を聞いて驚きました。社長時代にパワハラを目撃したことも、パワハラがあったという話を聞いたこともなかったためです。しかし、実態はY氏が、周囲に気付かれないように、陰湿なパワハラを繰り返していたようです。U社によれば、裁判はU社の旗色が悪く、会社は一定の金銭を支払って和解することを目指しているということでした。

M社長は、M&Aの譲渡対価として3億円を得ていました。幸いにもそのお金にはほとんど手を付けていなかったため、U社の求め通りに5,000万円を支払いました。

3-2.対策ポイント

社長だからといって、社内の問題や社員の問題行動をすべて把握しているわけではありません。

それにもかかわらず、M&Aの株式譲渡契約の表明保証では、重要なリスクについて「問題がない」ことを表明し、保証しなければなりません。

株式譲渡契約書における契約条項は、M&A仲介会社がひな形を用意してくれることが一般的です。しかし、用意されている条項をそのまま受け入れるのではなく、ドラフトを確認して不安がある条項は削除や変更を求めましょう。個々の条項内容の検討はケースバイケースですが、売り手のリスクを減らすには下記を目指します。

  • 表明保証の内容はなるべく限定的にする
  • 表明保証の有効期間はなるべく短くする
  • 補償金額の上限はなるべく低くする(譲渡対価の10~20%程度が一般的だといわれています)

ただし、条項の変更による売り手のリスク減少は、裏返せば買い手にとってのリスク増大を意味します。そのため、シビアな交渉が必要となり、場合によってはディール・ブレイク(破談)にもつながりかねません。表明保証条項は限定的にする代わりに、譲渡価格を多少引き下げるといった形で、契約全体のバランスを見ながら交渉を進めなければなりません。

いずれにしても、M&A仲介会社や買い手の求めに安易に応じないことがポイントです。

まとめ

ほとんどの経営者にとって、会社をM&Aで譲渡する経験は、一生に一回限りのものです。一方で、買い手にはいくつもの譲り受ける企業も珍しくありません。そのため、経験の差から生じる情報の非対称性がどうしても生じがちです。それをサポートするのがM&A仲介会社のはずですが、M&A仲介会社の数は急増しており玉石混淆の状態です。中には、「お得意様」である買い手のほうばかり向いてM&Aをまとめようとする、質の低いM&A仲介会社もあります。

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松川 洋平Matsukawa Yohei
執行役員 コンサルティング事業本部 第一事業部 部長

1983年兵庫県生まれ。早稲田大学 商学部 卒業。
辻・本郷税理士法人にて、相続・事業承継の税務業務に従事、デロイト・トーマツ税理士法人にて、事業承継のコンサルティング業務に従事する。
2018年に株式会社青山財産ネットワークスに入社し、上場・非上場問わずオーナー経営者に対して、財産の承継・運用・管理の総合コンサルティングを提供している。

専門分野
企業オーナー向けコンサルティング
資格
税理士
著書
事業承継 親の心子知らず 子の心親知らず~19の失敗事例から導く「思い」「理解」「感謝」のない対策の行方~
松川 洋平

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