近年、「Longevity(ロンジェビティ)」という言葉が世界的に注目を集めています。企業の中期経営計画や投資テーマとして取り上げられることも増えていますが、その本質は単なる「長寿」ではありません。
ロンジェビティとは、「健康で自分らしく生きる期間をいかに長くするか」を考える概念です。病気になってから治療するのではなく、より良い健康状態を維持しながら、自分の望む人生を実現することを目指します。そこには最先端の生命科学や医療技術だけでなく、AI、データサイエンス、さらには人生観や働き方の変化まで含まれています。
では、ロンジェビティによって私たちの未来はどのように変わるのでしょうか。
本年10月、生命科学者として老化研究の最前線で活躍され、「ホンマでっか!?TV」や「Mr.サンデー」などの各種メディアでも発信を続けていらっしゃる早野元詞先生をお招きし、ロンジェビティについてご講演いただきました。

- 早野 元詞Hayano Motoshi
- 生命科学者/株式会社ASAGI Labs CEO
1982年、熊本県生まれ。東京理科大学准教授、慶應義塾大学医学部整形外科学教室特任講師。老化、エピジェネティクスが専門。2005年、熊本大学理学部卒業。2011年、東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカルゲノム専攻にて博士号(生命科学)取得。2013年より米ハーバード大学医学大学院に留学し、同大学院フェロー及びヒューマンフロンティアサイエンスプログラムフェローを経て、2017年より慶應義塾大学医学部眼科学教室特任講師に着任。同大学理工学部システムデザイン工学科および医学部精神・神経学教室特任講師を経て、2023年4月より同大学医学部特任講師。2025年4月より東京理科大学准教授。
著書:『エイジング革命 250歳まで人が生きる日』(朝日新書)

ロンジェビティは「人生をデザインする」という考え方
従来のアンチエイジングは、加齢による衰えを防ぐことが主な目的でした。しかしロンジェビティが目指すのは、それよりも広い視点です。
寿命が延びることで、これまで当たり前だった「教育・勤労・引退」という人生の流れは大きく変化すると考えられています。学び直しやキャリアチェンジを繰り返しながら、複数のステージを生きるマルチステージ型の人生が一般的になっていく可能性があります。

そのとき重要になるのは、「何歳まで生きるか」ではなく、「どう生きるか」です。
健康でいることは目的ではなく、自分らしい人生を実現するための手段です。子どもや孫と旅行を楽しみたい。好きな仕事を長く続けたい。新しいことに挑戦したい。そうした目標を実現するために、心身の機能を維持しながら人生を主体的に設計していく。その考え方こそがロンジェビティの核にあります。
老化は避けられないものではなくなりつつある
長年、老化は誰にも止められない自然現象と考えられてきました。しかし近年、その認識は大きく変わりつつあります。
世界中の研究機関では、「なぜ生物は老いるのか」「老化のスピードは変えられるのか」といった研究が進められています。実際、生物界には人間とはまったく異なる寿命を持つ生物が存在します。
例えばニシオンデンザメは数百年生きるとされ、ベニクラゲには成体から幼生の状態に戻る能力があることが知られています。こうした生物が持つ仕組みを解明することで、人間の健康寿命延伸につながるヒントが得られる可能性があります。
さらに近年は、細胞の機能を回復させる研究や、老化そのものに介入する研究も進んでいます。老化研究はもはや単なる基礎科学ではなく、将来的に医療やヘルスケアのあり方を大きく変える可能性を持つ分野へと発展しています。
もちろん、不老不死が実現するわけではありません。しかし「年齢を重ねること」と「機能が低下すること」は必ずしも同じではないという考え方が広がり始めています。
AIによって健康は「見える化」される
ロンジェビティの発展を支えている大きな要素の一つがAIです。
これまで健康診断では、血糖値や肝機能など限られた数値から健康状態を判断していました。しかし現在は、血液中に含まれる膨大な種類のタンパク質を解析する「プロテオミクス」と呼ばれる技術が急速に進歩しています。

現在では、わずかな血液から数千から一万種類を超えるタンパク質を測定できる技術が登場しています。そしてAIを活用することで、その人の臓器ごとの状態や生物学的年齢、将来的な健康リスクまで推定できる可能性が広がっています。
例えば今は病気ではなくても、将来的に機能低下が進む可能性がある部位を把握できれば、食事や運動などの生活習慣を見直すきっかけになります。
重要なのは、「病気か健康か」という二択ではなく、その中間にある状態を理解することです。病気になってから対処する時代から、病気になる前の状態を把握し改善していく時代へ。健康管理の考え方そのものが変わり始めています。
また医療現場でもAI活用が進んでいます。米国では、医学文献を基盤とする医療特化型AI「OpenEvidence」が診療支援に活用されています。AIが医師の判断を支援することで、医療は病院の中だけで完結するものではなく、日常生活の中で継続的に健康を管理する仕組みへと変化していくことが期待されています。

世界で広がるロンジェビティ産業
ロンジェビティは研究分野にとどまらず、大きな産業としても成長しています。
欧米ではすでに多くの企業がこの領域への投資を進めています。健康状態を分析する検査・測定サービス、ウェアラブルデバイスとAIコーチを活用した健康管理、月額会員制の専門クリニックなど、さまざまなサービスが登場しています。

さらに興味深いのは、医療業界以外の企業も参入していることです。ホテルやリゾート施設に検査や健康プログラムを組み込む取り組み、不動産と連携したサービス、保険会社による健康増進プログラムなど、ロンジェビティは既存産業との融合によって新たな価値を生み出しています。
背景にあるのは、「健康」が単なる医療課題ではなく、生活や仕事、住まい、消費行動にまで関わるテーマになっているからです。今後は製薬会社や医療機関だけでなく、IT企業、不動産会社、保険会社、食品メーカーなど、多様なプレーヤーがロンジェビティ市場を形成していくと考えられています。
一方、日本には健康診断や人間ドックの仕組みがあり、日常の医療・健診と新しい測定技術を結びつけやすい環境があります。また、世界でも健康寿命が長い国であることから、その背景を科学的に解き明かし、技術やサービスへつなげていく可能性もあります。
すでに静岡県内では、自治体、住民、企業が連携し、健康診断と血液プロテオミクスを組み合わせて健康状態を可視化する取り組みも始まっています。研究成果を日常生活や地域社会の中で実証し、事業化につなげる動きが進みつつあります。
人生100年時代のその先へ
ロンジェビティが目指しているのは、単に寿命を延ばすことではありません。
たとえ寿命が延びても、健康でなければ豊かな人生とは言えません。反対に、健康な状態で長く活動できれば、人生の選択肢は大きく広がります。
働く期間が長くなることで、キャリアの考え方も変わるでしょう。学び直しや新しい挑戦が当たり前になるかもしれません。家族との時間の過ごし方や、社会との関わり方も変化していく可能性があります。
一方で、寿命が大きく延びた社会では、家族構成や世代間の関係、社会制度、財産の承継なども変わっていくと考えられます。長く生きることができるようになるほど、「何のために生きるのか」「次の世代に何を残すのか」という問いも、これまで以上に重要になります。
テクノロジーの進歩は寿命を延ばすだけでなく、「人生の可能性」を広げようとしています。だからこそ、これからの時代に問われるのは「何歳まで生きるか」ではなく、「どんな人生を送りたいか」です。
ロンジェビティとは、健康寿命の延伸を目指す研究分野であると同時に、一人ひとりが望む人生を実現するための新しい価値観でもあります。世界中で研究や事業化が進む今、その動向は私たちの未来を考える上で重要な示唆を与えてくれるのではないでしょうか。