2022.06.17
健康
「心」と「体」の健康セミナー
がんを知って、がんに備える
~消化器がん発生リスクを減らすには~
青山財産ネットワークスは、創業以来、総合財産コンサルティングの提供を通じ、主に「財産」面での支援に注力してまいりました。
一方、人生100年時代を幸せに過ごすためには、同時に健康な「心」と「体」も大切であると考えており、 専門家をお招きしてセミナーを開催しています。 本年6月、「がんを知って、がんに備える」をテーマに行ったオンラインセミナーより、一部内容を抜粋したレポートをお届けします。 今回お招きした講師は、公益財団法人がん研究会有明病院・病院長の佐野武先生です。がんについて多くの人が気にする3つのポイント「なぜがんができるのか」「がんにならない生活とは」「がん検診は必要か」について解説いただきました。

佐野 武
公益財団法人がん研究会有明病院 病院長
1980年東京大学医学部卒業。同大附属病院第一外科研修の後、1986年フランス政府給費留学生としてキュリー研究所フェロー。1993年より国立がんセンター中央病院 外科勤務。2008年がん研有明病院胃外科部長。同院副院長を経て、2018年7月より現職。国際胃癌学会事務局長。日本医療研究開発機構プログラムオフィサー。 英国王立外科医師会名誉会員。ドイツ消化器一般外科学会特別賞、日本消化器外科学会賞など多数受賞。

かつて、がんは「原因不明の特殊な病気」であり、「死の病」として恐れられていました。
ところが、今の日本では、がんは「誰でもかかる普通の病気」だと認識されつつあります。
年間に新たにがんと診断されるのは約100万人。一生のうちにがんと診断される確率は、男性で65%と、ほぼ3人のうち2人。女性は50%、2人に1人。
そして、がんと診断された人の5年相対生存率(年齢・性などの特性が同じ集団で期待される生存率と比較した際の相対的な生存率)は64%と、多くが回復しています。ですから、今やがんは「ごく普通の病気」であり、また以前ほど恐れる必要のない病気なのです。特にこの5年~10年は、がんの原因解明、治療法の開発が急速に進歩しています。

今回は、がんについて、よく受ける質問を3つ取り上げました。

Q1)がんは、なぜできるのですか?がんは遺伝しますか?私のうちは「がん家系」なので心配です。
Q2)どんな生活をすればがんにならないですみますか?私の父はタバコを吸っていたけれど95歳まで生きましたよ。
Q3)がん検診って受けたほうがよいですか?がん検診を受けてれば大丈夫ですか?

この3つの質問にお答えできるように、がんの説明をいたします。

遺伝子がさまざまな原因で傷つき、それが重なるとがんになる

Q1)がんは、なぜできるんですか?がんは遺伝しますか?私のうちは「がん家系」なので心配です。

まずはこの質問にお答えします。
がんは、大きな塊になっていたとしても、顕微鏡で見ると「細胞」の集まりです。正常な細胞ががん細胞に変貌するのですが、その違いは次のとおりです。

<正常な細胞とは……>
・周囲の正常な他の細胞と手をつないで離さない
・決められた場所だけで生きる。他の部分に移しても排除される
・決められた仕事だけをして余計な仕事はしない
・ある期間が過ぎたら、繰り返した分裂が終わり、静かに去る

<がん細胞とは……>
・周囲の細胞から離れて浮遊する
・別な環境でも生きられる
・増殖することだけが仕事
・増殖に終わりがない

一言で表現するなら、正常な細胞は「誠実な働き者」、がん細胞は「自立した暴れん坊」といえるでしょう。

では、なぜ正常な細胞ががん細胞になるのでしょうか。
一言で言うと、がんは「遺伝子」の病気です。こう聞くと「やはり遺伝するのか」と思われるかもしれませんが、そうではありません。「遺伝子の病気」であり、「遺伝する病気」ではないのです。
遺伝子とは細胞の設計図であり、傷がつくと、その細胞の増殖の制御が狂ってしまいます。

傷がつく原因はさまざまですが、年齢を重ねるほど、遺伝子の傷は重なっていきます。だから、高齢になるほど、がんができやすくなるのです。

遺伝子に傷がつく原因はさまざまで、主に次のようなものがあります。

・喫煙、受動喫煙
・持続感染
・食物、飲酒、身体活動
・住環境、化学物質
・薬物、放射線
・遺伝素因

このうち、あまり認識されていない「感染」について補足します。ウイルスなどが細胞に入り込み、遺伝子に傷をつけたり、書き変えたりすることがあるのです。
感染とがんの因果関係がはっきりしているものは多数あります。例えば、「ピロリ菌」はウイルスではなく細菌ですが、胃がんの原因になることがわかっています。B型肝炎・C型肝炎ウイルスは、肝臓で慢性的な炎症を起こし、肝硬変になり、肝臓がんへつながります。ヒトパピロマウイルスは、子宮頸がんのほか、他の複数のがんの原因にもなります。
がんの全体の3割は、こうした感染が原因だろうと言われています。まだ解明されていないウイルスが原因になっている可能性もあります。

そして、多くの人が心配する「遺伝素因」。
身体の一部で遺伝子変異が起きたとしても、生殖細胞が正常であれば、そこから生まれる子どもには受け継がれません。つまり、父母・祖父母などにがん罹患経験があっても、それが遺伝するわけではないということです。
しかし、変異のある精子あるいは卵子が受精してできた細胞は、その後に分裂・増殖する細胞すべてがその変異を持った細胞となります。その変異ひとつでがんになるわけではありませんが、「がんになりやすい体質」を受け継いでいるといえます。この変異は、2分の1の確率で子どもに引き継がれます。

「遺伝性(家族性)腫瘍」というものの存在も確立されていますが、これはがん全体のほんの一部であり、ほとんどのがんはその人にだけ生じたものですので、遺伝を心配しすぎるのは間違いです。また逆に、家族にがんがいないからといって検診を受けなくてよいということにはなりません。

出典:「Kintalk UCSF」を和訳(https://kintalk.org/genetics-101/

がんのリスクを下げるには、5つの健康習慣を実践

Q2)どんな生活をすればがんにならないですみますか?私の父はタバコ吸っていたけど95歳まで生きましたよ。

お伝えしたとおり、がんは遺伝子の変異によって起こります。ですから、遺伝子の変異を予防することが、がんの予防につながります。
人間の身体には37兆個の細胞があり、ちょっとした変異は毎日数千個の細胞に起こっていると言われています。しかし、すぐに修復されたり、生きていけずに脱落したりします。たまたま生き残り、次の変異が起こり、蓄積していくとがんになるのです。
それはいつどこで起こってもおかしくありませんし、まだ解明していないリスク因子やウイルスなどもあるため、完璧に予防することはできません。

しかし、リスクを軽減することはできます。
国立研究開発法人 国立がん研究センターが提供している「がん情報サービス」サイトでは、「科学的根拠に基づくがん予防」の方法を知ることができます。
「科学的根拠に基づく」とは、発がんの危険因子を調べた多数の研究を詳細に検討し、因果関係や予防の可能
性の「確かさ」をランク付けしていることを指します。
「国立がん研究センターがん情報サービス」サイト「科学的根拠に基づくがん予防」

「大腸がん」を例にとってみましょう。

<大腸がんのリスクを高めるのは……>
・肥満、喫煙、飲酒、赤肉(牛・豚・羊の肉)。
・加工肉(ベーコン・ハム・ソーセージ)
・家族歴

「赤肉」は、食べない人に比べて明らかにリスクが増えることがわかっています。「加工肉」については、欧米人の食べ方には確かにリスクがあるのですが、日本人の食べ方はそれほどではないと言われています。
「家族歴」は、第一度近親者に大腸がんにかかった人が1人いると、大腸がんになるリスクは2倍になると言われています。「2倍」といっても、100人のうち1人に大腸がんができるとしたら、それが2人になるという程度ですので、それほど恐れることではありません。しかし、近親者に大腸がんに罹患した人がいるのであれば、検診を受けることをお勧めしています。

<大腸がんのリスクを減らすのは……>
・運動、食物繊維を含む食品、ニンニク、牛乳、カルシウム
・葉酸、ビタミンD、野菜(でんぷんを含まない)、果物、魚など

なお、消化器がん(食道・胃・大腸・肝臓・膵臓)は、それぞれ多様なリスク要因がありますが、すべてに共通しているリスクが「喫煙」です。
また、飲酒は食道がん・大腸がん・肝臓がんのリスクになります。大腸がん・膵臓がんは家族歴が明らかに影響すると言われています。

<佐野先生作成セミナー資料から一部抜粋>

では、がん予防のために、生活習慣をどのように改善すればよいのでしょうか。
次の5つの健康習慣を実践すると、がんのリスクが低くなることがわかっています。

出典:「「国立がん研究センターがん情報サービス」がんリスクを減らす健康習慣」
【1】禁煙する
喫煙は圧倒的なリスクとなりますので、自身のためにも周囲の人のためにも、ぜひやめてください。私も以前はヘビースモーカーでしたが、頑張ってやめました。つらかったですが、やめてよかったと思います。禁煙外来・禁煙プログラムもありますので、利用しましょう。

質問には「私の父はタバコを吸っていたけれど95歳まで生きました」とあります。
タバコの煙にはニコチンをはじめとする「がん原性」の化学物質が70種類以上含まれています。これが体内で代謝されると発がん物質になるのですが、「薬物代謝酵素」により分解・排出されます。この酵素活性には個人差があります。お酒に強い・弱いがあるように、化学物質に対して代謝していく酵素は人によって異なります。これも遺伝子で決まっており、個人差があります。
この方のお父様は、たまたま酵素活性が高く、運が良かったといえるでしょう。しかし、喫煙のためにがんになった人がたくさんいるのが事実です。「運」にゆだねるのは大変危険です。
【2】節酒する
お酒は絶対ダメ……とはなかなか言えないのですが、毎日飲む人は量を加減する必要があります。次の量を目安としてください。

・日本酒1合、ビール大瓶1本、ワイン1/3本
・焼酎・泡盛は原液で1合の2/3
・ウイスキー・ブランデー ダブル1杯
【3】食生活を見直す
「減塩」は、高血圧や循環器疾患のリスクも下げます。1日あたり男性8g、女性7g未満に抑えましょう。
野菜・果物をとると、脳卒中や心筋梗塞の予防にも効果的です。熱い食べ物・飲み物は食道がんにつながりやすくなるため、冷ますようにしてください。
【4】身体を動かす
身体活動量が多い人ほど、がんのリスク、また心疾患のリスクが減ります。次の運動量を目指しましょう

・歩行またはそれと同等以上の強度の身体活動を毎日60分程度
・息が弾み、汗をかく程度の運動を毎週60分程度
【5】適正体重を維持する
BMI(Body Mass Index)は、体重と身長で計算する、肥満度を表す指数です。

BMI = 体重kg ÷ (身長m)2

例えば、身長165cm、体重60kgの人は、60÷(1.65×1.65)=22.0となります。

がんのリスクという意味での適正BMIは、男性が21.0~26.9、女性が19.0~24.9。
日本人の平均は22くらいだと言われていますが、がんに関しては適正BMIはもう少し高くてもよいということになります。
BMI値とがん死亡リスクの関連を調べたところ、痩せている人はリスクが高く、男性の場合25~27がもっともリスクが低くなっています。痩せすぎても太り過ぎてもよくないということです。

出典:「「国立がん研究センターがん情報サービス」BMI値と死亡リスクとの関連(日本の7つのコホート研究のプール解析 )」

これら5つの健康習慣のうち、何もしていない人のリスクが100とすれば、5つを実践することでリスクを40%くらい減らすことができるということになります。

出典:「国立がん研究センターがん情報サービス
「『5つのうち実践した健康習慣』でがんになるリスクが低くなります」の表を一部引用

精度が高い検診により、早期発見・治療が可能に

Q3)がん検診って受けたほうがよいですか?がん検診を受けていれば大丈夫ですか?

がんは「早期発見」が重要と言われます。「早期」という言葉は、がんによって定義が少し違うのですが、まだ小さくて、転移が起こっていない状態です。
そこに塊としてあるだけですので 切り取れば治ります。多くの場合、抗がん剤は必要なく、治療が簡単です。
切り取る範囲も小さく、正常な臓器への影響を抑えられます。
手術さえ必要なく内視鏡で切り取るだけで治る場合もあります。早期発見のために、検診をお勧めします。

がん検診には、大きく2種類あります。「対策型検診(住民・集団検診)」と「任意型検診(人間ドック・職域)」です。
それぞれの特徴は以下の通りです。

<佐野先生作成セミナー資料から一部抜粋>

人間ドックは、費用はかかりますが、より感度が高い検査ができます。
例えば、手術ですぐに取り除けるような小さな肺がんは、通常のレントゲンでは映らず、CT検査でのみ検出できます。
大腸がん検診では、「便潜血反応検査」が一般的ですが、偽陰性(見逃し)や偽陽性(良性なのに陽性と出る)も生じます。早期大腸がんでは約50%、進行していても約10%は便潜血は陰性です。
一方、「大腸内視鏡検査」では、大腸がんの95%の検出と病理診断が可能です。発見されたポリープをその都度切除しておくことで、大腸がんの罹患率が低下します。小さながんが見つかった場合も、内視鏡だけで治療することも可能です。

なお、気になる症状があって受診したり、他の病気で通院中に検査を受けたりして、偶然がんが発見されることもあります。日本全体のがん発見経緯の調査によると、がんによっては、検診・健診よりも、こうした他疾患経過中に発見される割合のほうが高いこともあるくらいです。
日本では、検診システムが広く発達しているほか、高度な診断機器が普及しており、アクセスが容易。がんの早期発見のための社会基盤が充実しています。
5大がんの治療成績を欧米諸国と比較すると、胃がん・肺がんなどは突出して優れています。


出典:CONCORD Working Group. Global surveillance of trends in cancer survival 2000-14 (CONCORD-3):analysis of individual records for 37 513 025 patients diagnosed with one of 18 cancers from 322 population-based registries in 71 countries. Lancet. 2018;391:1023-1075.より抽出  

がん検診はぜひ受けたほうがいいですし、何か気になる症状があれば、ためらわずに医療機関を受診しましょう。日本の優れたシステムをぜひ活用していただきたいと思います。
早期発見することが最良のがん対策であり、同じ治るにしても「良い形で治る」ことになるのです。

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