2023.05.22
健康
がん診断ガイドラインの光と影
肺がん治療におけるヒューマンスクランブル
青山財産ネットワークスは、創業以来、総合財産コンサルティングの提供を通じ、主に「財産」面での支援に注力してまいりました。
一方、人生100年時代を幸せに過ごすためには、同時に健康な「心」と「体」も大切であると考えており、 専門家をお招きしてセミナーを開催しています。

本年5月、「がん診断ガイドラインの光と影」をテーマに行ったオンラインセミナーより、内容を一部抜粋してお届けします。
今回お招きした講師は、順天堂大学医学部付属順天堂医院 呼吸器外科 主任教授 鈴木健司先生です。「肺がん」の現状、治療の最新動向などについて解説いただきました。


鈴木 健司
順天堂大学医学部付属順天堂医院 呼吸器外科 主任教授

1990年に防衛医科大学校を卒業。
1993年にUS Navy(アメリカ海軍)にて潜水医学課程を修了。
1995年に国立がんセンター東病院(当時)にてレジデント、1999年に国立がんセンター中央病院(当時)にて呼吸器外科医員を務め、2008年より現職。

喫煙率が大幅に下がっているのに、「肺がん」による死亡数は増加

まずは、「肺がん」に関する現状からお伝えしましょう。
現在、年間約6万人の方が肺がんで亡くなっています。これは単一の国家・単一のがん種で起きる死亡数としては格段に高い数字です。

以下に示すのは日本のがんの死亡数の推移を表したグラフです。
緑のラインで示している「胃がん」については、早期診断システムの確立により横ばいとなっていますが、それ以外の多くのがんの死亡数は右肩上がりとなっています。
中でも、赤のラインで示している「肺がん」の死亡数は大きく増えています。



<鈴木先生作成セミナー資料から一部抜粋>



1964年頃、日本の喫煙率は90%近かったのですが、現在は20%程度まで下がってきています。それにもかかわらず、肺がんの死亡数が増えている。つまり、近年は喫煙と関係がない肺がんが増えている現実があるのです。
肺がんにはいくつかの種類がありますが、たばこと関連するのは「扁平上皮がん」。一方、たばこと関連しないのが「腺がん」です。



<鈴木先生作成セミナー資料から一部抜粋>

 
扁平上皮がんと腺がんは、できる場所が異なります。扁平上皮がんは中枢起動にできるため、咳や血痰などの症状が表れ、比較的早期に発見されます。一方、腺がんは感覚神経がない場所にできるため、無症状です。
「たばこを吸わない自分が肺がんになるわけがない」――そう思っている方が、知らぬ間に肺がんを患い、進行して手遅れになるケースが多々あるのです。
 

「胸部CT」による検診で、早期発見が可能

腺がんは症状がほとんど出ないまま進行するため、多くの患者さんはステージ3・4などかなり進行した状態でがんが見つかります。そのうち手術を行える状態の方が約30%、手術を受けた方のうち約半数の方が治ります。計算すると、罹患すれば死亡率は86%ほど。だからこそ、早期発見が重要なのです。

腺がんはレントゲン写真にほとんど映りません。
1960年代の時点で、「レントゲンによる検診は無効である」という結果が米国で出ています。胸部単純写真でがん検診をしているのは、世界でも日本だけ。ですから、レントゲン撮影で「異常なし」の結果が出ても安心はできません。

米国で発表された最近のデータでは、「胸部CT」による検診を行うことで肺がんの死亡数が20%減るとされています。近年増えている腺がんを発見できる唯一の手段は「胸部CT」なのです。
ですから、喫煙しない方も3年に一度、喫煙する方であれば半年か1年に一度はCT検診を受けることをお勧めします。
 

女性の肺がんの多くは「腺がん」

一昔前、「肺がんは男性の病気であり、ほぼ喫煙者の病気」と認識されていました。
ところが現在、女性の肺がん患者さんが増えています。その多くが腺がんです。
肺がんの手術から1年後~5年後の生存率の推移データによると、同ステージで男性より女性のほうが生存率が高いという結果が出ています。

ただし、「喫煙者」となると、それが逆転します。喫煙する女性は、肺がんの悪性度が高まり、早期発見できても治らないケースが男性より多く見られるのです。
明確なエビデンスは示されていないのですが、女性特有の遺伝子が、喫煙により肺がんを活性化させると考えられています。

高精密で保険適用。メリットが多い「ロボット支援下手術」

肺がんの手術は、近年、大きく変わっています。
以前は、早期発見された小さな肺がんであっても、肺の多くの部分を切除し、肋骨も3本ほど切離するような手術が行われていました。大きな傷跡も残りました。

しかし、近年では内視鏡(胸腔鏡)を使い、全身麻酔の上、1センチほど切って中を覗くように手術する方法がとられています。骨を切る必要もなく傷跡も小さく、患者さんの身体への負担が少ない手法です。
非常に緻密な手術をするのは困難ですが、最近では医療用ロボットが導入され、この問題もかなり克服されています。

こうしたロボットはアメリカの陸軍が湾岸戦争時に開発し、その後、医療用に使われるようになりました。世界的に見ると、泌尿器科領域には昔から導入されており、現在の前立腺手術にはほぼロボット支援下手術が行われているといっても過言ではありません。
さまざまな領域の科でも使われるようになり、3年前から胸部の手術にも活用されています。

ロボット支援下手術は、非常に精密な手術が可能であること、また、肺の領域において5種類の手術が保険適用となっていることから、患者さんにとって大きなメリットをもたらすものと言えます。

呼吸器科の外科領域では、日本が世界をリード

早期肺がんに対する標準治療は、基本的には外科治療です。
1933年(昭和8年)に人類初の肺がん手術が行われて以降、肺の切除範囲を小さくする方法が模索されてきました。
しかし、1995年のアメリカの臨床試験により、大きく切除する「肺葉切除」を施した患者のほうが生存率が高い結果が示され、以来、小さく切除する「区域切除」は否定されてきました、

しかし日本で進めた研究により、この概念がくつがえりました。2022年、私たち順天堂大学は「区域切除」の成果が「肺葉切除」を上回る研究結果を発表。これが世界にセンセーショナルを巻き起こしました。
早期肺がんに対する標準治療法が、日本での臨床試験の結果を受けて歴史的な転換につながったのです。

世界中からボストンに集まった呼吸器外科医たちが衝撃を受けたのは、試験結果だけではありません。日本の手術の安全性にも注目が集まりました。
私たちの研究には1100人の患者さんに参加していただきました。北米では肺がん手術後、約3%の方が亡くなります。1100人とすれば30人ほどの方が亡くなる計算。ところが、日本の研究では亡くなった方が1人もいなかったのです。

これにより、日本の肺がん手術の技術レベルの高さが世界に示されました。海外からも「安全な手術」を求めて来日する患者さんが増えています。
今、呼吸器科の外科領域においては、日本が世界をリードしているのです。

「ガイドライン」は「10年後」のものを念頭におくことが重要

肺がんに関しては、「手術」「放射線」「抗がん剤」の3本柱をどの順番・どの組み合わせで使うのかが最善か、各国で研究が進められています。そして近年、進行がんに対する手術の効果が疑問視されています。

2017年、世界最高峰の医学誌である『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』において、大きなインパクトがある研究結果が発表されました。
これまで5%ほどしか治らなかったステージ3の患者さんに対し「抗がん剤」「放射線」治療後に免疫療法を行うことによって、生存率が飛躍的に伸びるという結果です。
これは医療者にとって衝撃であり、患者さんには朗報です。
この流れにより、世界的に、ステージ3の患者さんには「手術の必要なし」「標準治療は放射線療法」というガイドラインに移行しています。

ここで注目したいのが、「ガイドラインとは何のためにあるか」ということです。
診療を行う医師たちは、専門家の意見に基づいて作成された「ガイドライン」に基づき、治療を組み立てます。
つまり、そのガイドラインに書かれている内容によって、治療方針が縛られることになります。

ある患者さん・Aさん(60代後半)の事例をご紹介しましょう。
Aさんの肺がんはステージ3。さらに肺炎を起こしていました。この状態の患者さんに放射線療法を行うと、敗血症を招き、危険な状態に陥ります。Aさんは最初にかかった病院で「打つ手なし」と判断され、末期の緩和ケア施設である「ホスピス」に入ることを勧められました。

血痰は出ているものの、見た目は元気だったAさん。セカンドオピニオンを求めて私たちのところに来られました。そして私たちは診断図から、ある手術手法が有効と判断しました。それは、日本全国で年間9例しか行われない、ほぼ絶滅寸前の手術です。
この手術を行うことができた結果、Aさんは回復し、元気で暮らしていらっしゃいます。
ガイドラインに忠実に従えば「手術は不可」でしたが、その方にとって最適な方法を選ぶことで、助けることができた事例です。

ガイドラインに反する治療法を行うと、結果によっては医師側が訴えられることになりかねません。そのため、リスクをとって可能性のある手段を選ぶ医師が減っています。もちろん、それが悪いこととは言い切れません。

しかし、患者さん自身の「乗り越えたい」という気持ち、そしてご家族の理解があり、リスクを共有・覚悟できたとき、「長期生存」のチャンスをつかむことができる場合もあります。
だから、「あきらめない」ことも重要だと思います。

現状のガイドラインは、10年前の臨床試験結果に基づくものが大半です。
ですが、私たちは日々研究を重ね、事例を蓄積しています。「10年後のガイドライン」を念頭において、治療を組みたてることが大切だと考えています。

ガイドラインは大切ではありますが、現状のガイドラインは10年前の臨床試験結果に基づくものが大半で、日常に外来される患者さんの4人に1人程度しか適応できないことも現実であります。
また、様々な情報社会の中、医療業界のがんの情報は公開されにくいこともあり、診療する病院によって自らの運命が変わってしまうことがあります。
ですが、私たちは日々研究を重ね、事例を蓄積しています。「10年後のガイドライン」を念頭において、治療を組みたてることが大切だと考えています。